Chapter.8 自分の言葉で、スイッチが入った

自分の言葉で、スイッチが入った 未分類

彼女から検査結果を聞いて数日後、私は再び彼女に会いました。

陽性だったことを隠さずに伝え、私のことまで気にかけてくれた彼女。その出来事を通して、私の中にあった彼女への信頼は、より確かなものになっていました。

ただ、その時点ではまだ、自分の気持ちを「好き」とはっきり認識していたわけではありません。

単にお気に入りというだけではない。

けれど、恋愛感情と呼ぶほどでもない。

今振り返ると、その中間にいるような感覚だったと思います。

その日も、いつものように彼女といろいろな話をしていました。

話題の一つに出てきたのが、以前彼女を本気で好きになったお客さんのことでした。

いわゆる「ガチ恋」をされたときの話です。

夜の仕事をしていれば、お客さんから強い好意を向けられることもあるのでしょう。彼女の話を聞きながら、私は夜のお仕事も大変だなと思っていました。

一方で、そのお客さんの気持ちが、まったく分からないわけでもありませんでした。

彼女と話す時間は楽しく、すでに何度も会っていました。身体の距離も近くなり、彼女の内面にも少しずつ惹かれ始めていました。

そんな流れの中で、私は何気なく彼女に言いました。

「そりゃ、キスすれば好きになってしまうよね」

その瞬間でした。

自分の中で、何かのスイッチがパチンと入ったような感覚がありました。

彼女が何か特別なことを言ったわけではありません。

新しい出来事が起きたわけでもありません。

ただ、自分が口にしたその言葉が、なぜか自分自身に強く響きました。

それまで曖昧だった気持ちが、一気につながってしまったようでした。

なぜ、その言葉だったのか。

今になっても、はっきりとした理由は分かりません。

もしかすると、彼女を本気で好きになったお客さんの話を聞きながら、自分の気持ちをどこかで重ねていたのかもしれません。

あるいは、他人の気持ちについて話しているつもりで、無意識に自分の気持ちを言葉にしてしまったのかもしれません。

それまで私は、彼女への気持ちを「お気に入り」という言葉の中に収めていました。

会えば楽しい。

とても好みの女性。

頑張っている姿を応援したい。

その程度なら、自分の中でもまだ扱える感情でした。

けれど、その一言を境に、彼女は明らかにそれ以上の存在になりました。

私は彼女を好きになったのだと、はっきり自覚しました。

それからは、彼女のことが頭から離れなくなりました。

仕事をしているときにも、ふと彼女のことを考えてしまいます。気持ちを切り替えようとしても、思うように仕事が手につかないことさえありました。

会う頻度も、それまで以上に増えていきました。

会いたいと思うと、その衝動を抑えることが難しくなりました。

次はいつ会えるのか。

どうすれば、この気持ちを落ち着かせられるのか。

そんなことを繰り返し考えるようになりました。

人を好きになった喜びがなかったわけではありません。

けれど、それ以上に、自分でも制御しにくい感情が生まれたことへの戸惑いがありました。

これは純粋に人を好きになっているのだろうか。

それとも、彼女に依存し始めているのだろうか。

喜び、不安、期待、寂しさ。

いろいろな感情が、入れ替わりながら押し寄せてきました。

好きになったことだけは分かるのに、その気持ちをどう扱えばよいのかは分かりませんでした。

たった一言で、人の気持ちが突然変わるとは思っていませんでした。

正確には、その瞬間に気持ちが生まれたのではなく、それまで積み重なっていたものに、自分自身が気づいてしまったのでしょう。

何気なく口にした言葉によって、私は自分の気持ちを知りました。

そして一度入ってしまったスイッチは、簡単には戻りませんでした。

それまでの私ならしなかったような行動へ、自分でも驚くほど強い力で動かされ始めていたのです。

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